星繋
七夕の習わしは、笹を飾る、朝露で墨をする、五色の糸を針に通す。
その他にもうひとつ。
ルキアがその習わしを知ったのは朽木家の養子になってからだ。白哉の世話役を務めている爺が教えてくれたのだ。
「たっぷり水を張った
しわがれた声でゆっくりと、彼は言った。
「そうして水面を揺らすと、河で隔てられた織姫星を彦星が重なるのです。そうやって、彼等は再会を果たすのですよ」
それを聞いてルキアもさっそく試してみたが、これが意外に難しい。どう揺らしても巧くいかなかった。揺れる水面は天の河をかき混ぜるだけ。織姫星と彦星は近付きもしない。
一時間ほど粘って、ルキアは諦めて肩を落とした。そして思う。
――巧くいかないのは、私と兄様の関係のようだ
いくら「兄様」「ルキア」と呼び合おうともそこに兄妹の情などないし、温かさもない。白哉がルキアを見る目はまるで他人だ。
ルキアは確かに家族を望んだ。けれど…それは決して、温もりのない生活ではなかったはずだ。
はぁ、と、溜息をひとつ。それから盥を片付けようと手を伸ばすと。
「――星は重なったか」
低い声に驚いて振り返れば、すぐ傍に白哉が立っていた。いつの間に来たのだろう。
「い、いえ…」
答え、視線を落とす。
と、白哉はルキアの隣に膝を着き、盥に腕を伸ばした。そしてちゃぷりと盥を揺らす。
「あ…」
思わず声が漏れた。一瞬、ほんの一瞬だけ、星が重なったのだ。
ばっと白哉を振り仰げば、彼はもう立ち上がっていた。
「闇雲に揺らしても重ならぬ。…簡単に諦めるな」
言い、白哉は自室に戻って行った。その背が遠のいてからようやく、ルキアは「…はい」と頭を垂れた。口元を、ほんのり緩めて。
あれから毎年、ルキアは七夕の夜に盥に水を張る。
翌々年には星が重なるようになったが、ルキアはまだできない振りをした。そうすれば様子見に来た白哉が、ルキアの隣で見本を見せてくれるからだ。
それはほんの一時の、二人が近付く時間。そのわずかな時間のために、ルキアは今年も、水面を揺らす。
―――了