笹願  

 七月に入り、あちらこちらで笹を見かけるようになった。色とりどりの七夕飾りを見、市丸は思考の片隅でうっすらと、「ああ、もうそんな季節か」と考える。
 三番隊では笹を飾らない。二番隊、七番隊、九番隊、十二番隊も飾らない。逆に言えば護廷十三隊の実に半数以上が笹を飾っているわけだから、この時期それらを見ながらのんびり歩くのも、なかなかに楽しい。
「しゃあけど、けったいな話やなぁ」
 短冊に書かれた願い事をひやかしつつ、市丸は隣を歩く吉良に言う。
「七夕伝説て、天の河に隔たれた二人が一年に一度会えるっちゅうヤツやろ? どこから短冊に願い事書くゆぅ話に繋がるん?」
「さぁ…そういえばどうしてでしょうね」
「互いに夢中ンなって仕事ほっぽりだして、挙句に一年に一度しか会えんよぅになった天の二人なんかに願かけるよりよっぽど、ボクの方が叶う思うんやけど」
「…それなら是非に、僕のお願いも叶えて戴きたいんですけど」
「あかん、天の河の二人は選り好みはせぇへんけど、ボクは気に入った子ォのお願いしか聞かれへんのん」
「……そうですか……」
 あまり期待していなかっただけに、落胆は少なくて済んだ。吉良ははぁと小さな息を吐き、キリキリと痛む胃を撫でる。
 もし願いが叶うなら何にしよう。この胃がもっと強くなるように、だろうか。いや、それよりも胃痛の原因――市丸の仕事放棄、及び脱走――がなくなるように、の方が良いかもしれない。
 つらつらとそんなことを考えているうちに、二人は五番隊の前を通りかかった。色とりどりの短冊で飾られた笹が、二人を出迎えてくれる。
 その笹の前で、市丸は歩を止めた。市丸が立ち止まったのだから、吉良も立ち止まらないわけにはいかない。むしろひとつくらいは立ち止まってゆっくり見たいと思っていたから好都合だ。
 願い事を書いた笹を飾るということは、当然、人目に触れるのは承知なわけで。だから中には、無記名の短冊もちらほら見える。けれど仲の良い隊員同士なら、誰かどれを書いたかなんて簡単に看破できてしまう。
 もっとも、市丸が分かる「誰かの筆記」など、ごくわずかに限定されてしまうのだけど。
「――あァ、見っけ」
 二、三分ほどかけてようやく、市丸は目当ての短冊を探し当てた。それは薄桃色の短冊で、名前はなかったけれど、小振りで整った、でも丸みを帯びた文字が名乗りを挙げている。
 たった一行の願い事を目で追って、市丸はくしゃり、笑った。
「――ほれ見ィ、イヅル。やっぱりボクの方が、天の二人より頼りになるで」
「は?」
 怪訝な顔で振り返れば、丁度市丸が、薄桃色の短冊を外しているところで。吉良はおおいに慌てた。
「市丸隊長!? 何なさって…!」
「ちょいと七夕ごっこ〜。先行っといてぇな」
「はぁ!? ちょっ…」
 冗談でしょう、と続くべき言葉は、結局出なかった。冗談で済まされないのが我が隊長なのだと、胃痛とともに思い出したからだ。
「…これから総隊長のとこ行くんじゃなかったんですか……」
 あの古狸の前で、たった一人?
 この際、天の河の二人でも狐上司でもどちらでも良い。やはり自分の願い事は、誰かに叶えてもらった方がよさそうだ。


市丸隊長と、普通にお話できるようになりますように――


―――了



-----  -----  -----

総隊長の所に行くのが厭で、わざと遠回りしたんだと思います(笑)
雛森ちゃんのお願いは反転で。ありがちですが;

もともとは裁縫やら習字やらの上達を祈願するものらしいです。七夕。
で、織女と牽牛が出会った翌日に天空に帰ってゆき、
その時に禊ぎを行い穢れを持ち帰って貰うという考えで、
七夕の竹飾りの風習ができた…と一説にはあるのですが。
ということは地上で再会するのか…?