『思わず立ち止まりたくなる5題』
お題提供:『おつまみ提供所。』さま

  小さなお店  

 砕蜂ソイフォンは機嫌が悪かった。
 そもそもその日、砕蜂は休日だった。ただの休日ではない。久々に取れた丸一日の休暇で、しかも滅多に重ならない檜佐木の休暇の日でもあったのだ。
 なのに。
 ――あの莫迦ばか
 何度目かの罵倒を、砕蜂は胸中で吐き出す。あの莫迦とは砕蜂の休日出勤の原因を作った男のことで、彼女の副官・大前田のことだ。
 大前田は仕事が早い。面倒なことは全て先に済ませて余暇を楽しむタイプだ。しかし仕事を前倒しにし過ぎるのが欠点で、時折それが裏目に出る。些細な訂正やミスのために全てやり直すという二度手間になるのだ。
 今回は特に酷かった。概算して三ヶ月分の討伐報告書を書き直さねばならなくなったのだ。しかも当の大前田は腰痛だか腹痛だかで(多分後者か仮病だ)仕事にならない。
 ――あの、莫迦め
 苛々と砕蜂は繰り返す。砕蜂の不穏な空気に、自然、隊士たちもいつも以上に寡黙かつ迅速に作業を進めている。
 そして昼前だったろうか、気まずく殺伐とした沈黙の中、砕蜂の元に報せが入った。
 曰く。
『二番隊管轄地域にて複数のホロウが出現。急ぎ討伐の由』
 こんなときに限って、その地域の担当が大前田だったりする。が、大前田はここに居ない。
「あの、莫迦め…!」
 今度こそ声に出して、砕蜂はこの場に居ない部下を罵った。


 結局この日、討伐に出、何度か席を外したほかは、砕蜂は隊首室にこもりっぱなしだった。最後の一枚に裁可の判を押し、重要書類ゆえ自ら提出して帰途についたのは陽が傾いた頃。もはや溜息さえ出ない。
 昼までは帰りしなに檜佐木の部屋に寄ろうかとも考えていたが、今はそんな気力すらない。早く帰って布団に倒れ込みたい。夕飯はどうしようか…面倒だな。
 つらつら考えつつ隊首室の戸を開ける。と。
 柄にもなく、砕蜂は驚きに動きを止めた。
 暗い部屋の中、檜佐木が、いた。文庫本を手に、隊長格の私室も同然の隊首室のソファに我が物顔で身を静めている。
 砕蜂に気付いた檜佐木が字面から目を離し、小さく会釈した。
「お疲れ様です、隊長」
「お前…なぜ、ここに居る」
「届け物です、隊長に」
「ではなく。…お前、今日は非番だろう」
「だから届け物なんですってば。本日限定、檜佐木宅配サービスです」
 冗談めかして言い、檜佐木は目の前の机に置かれた包みを示す。重箱三段分はありそうな大きさだ。
「…なんだ、これは」
「弁当です」
「…弁当?」
「弁当」
 どうせ夕飯喰うの面倒だとか思ってんでしょう、と、檜佐木は包みに手を伸ばす。中から現れたのは、やはり三段の重箱だった。
「…多くないか」
「俺も喰うんですよ。給湯室借りていいスか。茶ァ淹れます」
「ちょっと待て」
 どちらかといえば不機嫌な、という形容詞に分類される表情で、砕蜂は言う。怒っているのではない。予期せず彼に会えた嬉しさと困惑がないまぜになって、それを悟られないために表情を取り繕ったらこうなってしまったのだ。
 「待て」という制止に、檜佐木は素直に、浮かしかけた腰を再び降ろした。けれど砕蜂は何を言おうとも考えていなかったらしく、代わりに檜佐木が口火を切った。
「――フォンが」
 周囲に他の隊士の気配はないが、念のため声を潜めて、檜佐木は言う。
「休日出勤だって聞いたんで。じゃあ握り飯作って差し入れでもって思って来たら、蜂、かなり忙しそうで。あーこりゃ顔出さねぇ方がいいなと思ったんで、すごすごと退散して。で、この分だと夕飯も抜きそうだから、弁当作って出直してきました」
「握り飯…昼の? あれは食堂から取り寄せたものだぞ」
「半分手伝ったんですよ」
「弁当って…作った? お前が?」
「八割方、食堂の連中に作ってもらいましたけど。持って帰って喰うっつったら、案外あっさり」
「じゃあお前…丸一日護廷に居たのか? せっかくの非番を、お前、」
「非番だから」
 強引に、檜佐木は砕蜂の言葉尻を奪った。彼にしては珍しいことだった。自分の邪魔をされるのが砕蜂は何よりも嫌いだと承知しているからだ。
 だから余計に、砕蜂は面喰らう。
「非番だから、蜂に会いたいって思ったんスよ」
 真剣な眼差し。真剣な声音。
 …卑怯だと、砕蜂は思った。
 だって檜佐木は、いつもは自分の話をちゃんと聞いてくれて。多少のわがままも容認してくれて。気に入らないようなことは何ひとつせず。
 なのにこうやって時々、彼は自分の予想を裏切る。そして…砕蜂は失態を見せてしまうのだ。例えば今みたいに、言葉も見付からず顔を真っ赤にしてしまったり。
 それが悔しくて、砕蜂は唇を真一文字に引き締め、眉間にしわを寄せ、檜佐木を見下ろす位置に立った。
「――檜佐木。向こうに寄れ」
「立ちますよ。茶ァ淹れてもいっスか?」
「座っていろ。向こうに寄るだけでいい」
 訝しげな顔をし、それでも檜佐木は言われたと通りソファの端に寄る。すると砕蜂が空いた空間に腰を下ろし。
 こてり、横になった。ちょうど頭が、檜佐木の膝に載るように。
「……蜂?」
「動くな。…疲れた。寝る」
「弁当は?」
「起きたら食べる。置いておけ」
「…俺も腹減ってんですけど」
「耐えろ」
 冷たく言い捨て、砕蜂はわずかに身をよじった。これでもう、檜佐木に赤い顔を見られずに済む。
 檜佐木は絶句し、その隙に砕蜂は本格的に寝る体勢に入った。邪魔をすれば拳を見舞うという意思表示だ。
 檜佐木は膝の上の砕蜂と、机の上の重箱を交互に見やり。
「…お預けっスか…」
 天井を仰ぎ、呟いた。
 でも、まぁ。膝に感じる重みに、たまにはこんなのもいいか、とも思ってしまう自分もいるわけで。砕蜂に気付かれないように、檜佐木はそっと笑った。

 檜佐木宅配サービス、お代は君の隣に居る時間。

―――了



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小さなお店=宅配サービス…苦しいですか?;
そもそも語呂が悪いよ、檜佐木宅配サービス(笑)

檜佐木は炒め物とか得意そう。
煮込み物は途中で本とか読み出して、煮溶かすか焦がすか。
砕蜂は…どうだろう?
…ちょっと怖いかも。