『思わず立ち止まりたくなる5題』
お題提供:『おつまみ提供所。』さま







「もうね、じれったいったらないの!」
 たん!と小気味いい音を響かせて湯飲みを置き、やちるは憤然と訴える。
 この見掛けでこんな仕草が板についているのもどうだろうと苦笑しつつ、阿近は相槌を打った。
 十一番隊第三席斑目一角と、十二番隊副隊長涅ネムの話である。


  虹  


 副官補佐たる一角は、まかれることは多いながらもやちると行動をともにすることが多い。けれどごくたまに、やちるは逃げるどころか一角を引き連れて移動することがある。十二番隊に用事があるときだ。
 変わり者が多い十三隊の中でもことさら目を引く十二番隊隊長の涅は、一日の多くを隊首室ではなく技術開発局で過ごす。副官で、且つ娘のネムとともに。やちるの目的は、大事な部下に少しでも好きな人を垣間見せてあげたいという健気なものなのである、…が。
「ちっとも嬉しそうじゃないんだよあのふたり! 挨拶だってすっごく素っ気ないし、必要以上に目も合わせないし! これじゃ何のためにつるりん連れて行ってんのか分かんないよ!」
「そりゃア草鹿副隊長の補佐でしょう」
「そうだけど違うでしょう!?」
 確かに一角がいないと、難しい漢字が連なった書類なぞ読めない。ただでさえ広いのに、そこここに怪しげなものが置かれたり都合のいいように改造されたりで元の構造を留めていない十二番隊隊舎と技術開発局内を、迷うことなく進むこともできない。
 それでも、だ。やちるの本当の目的はそこではないのだ。
 やがて唐突に、やちるはこてんと机に頬を押し付けた。今度は何だと、阿近はまるで見物する面持ちでぬるい茶を口に運ぶ。
「…あたしの思い過ごしなのかなぁ」
「何がです」
「つるりんとネムちゃんが付き合ってると思ったの」
 つまらなそうに、やちるは言う。
 直接本人たちから聞いたわけではない。けれどやちるは、ふたりが折を見ては一緒にいることを知っている。例えば互いの荷物を運んだりだとか回廊で並んでいただとか、そんな些細な、どうとでも言い訳できるような場面ばかりだけれど、そのときのふたりの表情がとても柔らかいのを知っている。
 それとも本当にただの偶然か、思い違いだったのだろうか。
 机に伏して動かないやちるに、阿近は湯飲みを置いて背を向ける。そして彼女の気が紛れるいいものはないかと戸棚を探りながら。
「まぁ、いいんじゃないスか?」
「何がぁ!?」
「外野からどう見えようが、あの二人の間になんらかの想いがあって、それが通じ合ってんなら問題ねェでしょう」
「通じ合ってるかどうか分からないから腹立だしいんだよぉ〜…」
 やちるががばりと顔を上げ、けれど再びしょぼくれるのを背後で察しながら、阿近は棚の中からごそごそと小瓶を取り出した。
「所詮人の気持ちなんて、見える人にしか見えませんからねェ」
「…阿近さんには見えるの?」
「見えるような、見えないような。曖昧ですね」
「何それ」
「草鹿副隊長と同じですよ。ネムさんの話になりますが、たまに帰りが遅いと思ったら斑目さんと一緒にいるとこ見かけたり、そんな日に限ってなんとなしに機嫌が良かったり。かと思いきや今日みたいにせっかく局内で会えても素っ気ないのを見たり」
「でも気にならないんだ」
「他人に見えるモンが自分にも見えるんだったら気になるかもしれませんがね」
 例えばふたりに通じていたものが、あるときふっつり切れたのが見えたならば、そのときは遠慮なく斑目三席に報復できるんですが。ウチの副局長に何してくれるんだ・ってね。
 からりと不穏なセリフを吐き、阿近は探し当てた金平糖の小瓶をやちるの前に置いた。ぴょこん、やちるの顔が上がる。
「他人にゃ分かったり分からなかったり。でも肝心の本人たちにさえ分かってりゃ、それでいいと思ってんです」
「…そんなものなの?」
「少なくとも俺はそうですね」
 何より本人たちが気付いて欲しくない素振りでもあるし。自分たちにしか見えない気持ちを独占したがっているのであれば、それはそれで「ごちそうさま」の一言でも言うべきだろう。
 そう説明するとようやくやちるは得心した顔になり、彼女らしい笑顔に戻った。
「うん。じゃあ帰ったらつるりんに、ごちそうさま・って言っとくよ」
「そりゃアいい」
 笑い、阿近は金平糖を持って帰ってゆくやちるに手を振った。そして突拍子もなく「ごちそうさま」などと言われた一角がどんな反応をするか想像し、ひとり楽しげに肩を揺らす。
 無駄に長い日々なのだ、このくらいの余興はあってもいいだろう。せめて平和な、今のうちくらいは。

―――了



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場所と角度によって見えたり見えなかったりするもの、
ということで虹。
やんわり見守ってもらっているようです、おふたり。

十一番隊と十二番隊は仲が悪いそうだけど、
やちるちゃんは構わず馴染んでそう。
技術開発局の方々も来るもの拒まずで。
…多分。