Present
人にあげて喜んでもらえるものってなんだろう。
ここしばらく、砕蜂はそればかり考える。
初めのうちは日に数度。何かの拍子にふと思い出す。
やがてその日が近付くにつれて頻度が多くなって。
いよいよ明日という日の今日など仕事も上の空という有様だ。出動指令が出なかったのがせめてもの救いだったろう。
終いには「誕生日などというものがあるからこんなに思い悩まねばならんのだ」と考える始末。
そう、明日は檜佐木の誕生日だ。
「そうですねぇ…」
ほんのりと微笑み、卯ノ花は応える。
手詰まりになった砕蜂が、とうとう他人に相談するという手段に移ったのだ。クセ者の多い護廷内での数少ない常識人で、かつ隊舎が近いということもあり、どうしても困ったことがあれば、砕蜂は彼女に話をもちかける。
とはいえ砕蜂が提示する情報はほんのわずかで、卯ノ花が時に的外れな回答をするのは仕方がない。…ここだけの話、わざと空とぼけて答えることもあるとかないとか。
「誕生日の贈り物でしたら、私は花など嬉しいですね」
「花?」
「それが、そのとき私が欲している薬草ならばなお良いですね。今でしたらカラキエ草ですとかハバミエシ草ですとか。リエン花などもありがたいですね。未知の薬草でも、それが薬効の高いものならば…」
「…貴殿が喜ぶものは、世間一般の者でも喜ぶものか?」
「それは保証いたしかねますが、まぁその効用を知らない方にとってはただの観賞物でしょうね」
「それではだめだ。もっとこう…その…例えばそれが男でも喜ぶような…」
「あら、殿方に贈り物ですか?」
「ちっ、違う!」
そのものずばりの指摘に、砕蜂は思わず取り乱す。
「例えばの話だ、例えばの! 男女どちらでも喜ぶような品は、なにかないか!」
「そうですねぇ」
最初よりもさらに笑みを深くし、卯ノ花は小首を傾げて見せる。
「それが殿方への贈り物ならば…」
「だから例えばの話だと言っているだろう!」
「では、仮にそれが殿方への贈り物であるならば、リボン、とか」
予想だにしなかった返答に、ぱちぱちと数度、砕蜂は瞬きを繰り返す。
「…リボン?」と聞き返すと、卯ノ花は「リボン」ときっちり復唱したから、聞き間違いでは決してない。
「砕蜂さんにリボンを巻いてその方の前に立てば、それだけでその方は喜びますよ」
「…そういうものなのか? けれど、…私に装飾品は似合わん」
あら、と卯ノ花は傾げた小首を元に戻し、今度は逆の向きに傾げた。彼女の意図は伝わらなかったらしい。
そういうところも、彼女の可愛さなのだけれど。易々と余人に教えてしまうのは惜しいし、本人に教えるのはなお惜しい。
だから卯ノ花はさらりと話題を流すことにした。
「でしたら、やはり花でしょうね」
「だが、私は薬草に詳しくない」
「あら、薬草に限定するのは私に限った場合の話ですよ。街の花屋さんに行ってみては如何です? 心和むものですよ」
「ふむ…」
花屋というものがあるのは知っている。知っているけれど、…その場に居るのを人に見られたくはない。
砕蜂の胸中を誤らず見通し、卯ノ花はふわり、微笑む。
「なんでしたら私の庭を見ていかれますか? 季節の花は一通り揃っていますよ」
ぱっ、と。
一瞬で、砕蜂の困り顔が晴れた。
そしてほんのり頬を赤らめて嬉しげに笑う。
――その瞬間の写真を撮れたなら、それがなによりの贈り物になるでしょうに
卯ノ花はそう思ったけれど、本人に言っても詮のないことだから、思うだけにする。
そんなわけで。
「…蜂。これ、なんスか?」
「花だ」
八月十四日。
檜佐木の部屋に、大きな花束がやってきた。
―――了