「ねぇアッコン、明日ね、クリスマス酒宴があるんだけど、来ない?」
「いえ、遠慮しときます」
 あっさり返された答えに、やちるはこれまたあっさりと、「あ、そう」と頷いた。


  Party Eve  


「ねぇアッコン、明日ね、クリスマス酒宴があるんだけど、来ない?」
「いえ、遠慮しときます」
 あっさり返された答えに、やちるはこれまたあっさりと、「あ、そう」と頷いた。
 阿近は無神論者だ。仮にも死「神」に関わる職に就いていながらの、矛盾した話ではあるが。
 だから神サマの誕生日を祝うイベントはキライかもしれないと、予想はしていた。
 それでもわざわざ技術開発局の奥まで出向いて誘ったのは、局内が面白いからというのと――高確率で迷いはするが――、阿近の煙草を吸うさまが見えるかもしれないからだ。
 やちるは阿近が煙草を吸うさまが、けっこう好きだ。剣八も喫煙することはするが、見ていて飽きないのは阿近のほうだ。新しい煙草を取り出す手付きなんて、まるで手品のようで面白い。けれど阿近は律儀にも子供の前で煙草を吸おうとしないから、やちるは面白くないと思う。自分はちっとも構わないのに。
 今日だって、吸ってもいいよと言ったのに、わざわざ窓のそばで喫煙している。窓から吹き込む風は冷たいけれど、これが精一杯の妥協点なのだから仕方がない。
 今も冬空に向かってカハァと白煙を吐き出した阿近は、ふと気付いたようにやちるを振り返った。
「ひょっとして、勘違いなすってんじゃアないでしょうね?」
「え?」
「俺ァキライじゃないですよ、クリスマス」
 ぽん、と返された言葉に、やちるはぱちくりと瞬きをひとつし。
「あれ、そうなの?」
「美味いモン喰って、たらふく飲めますからね」
「でもそれって、神サマをお祝いすることになるでしょ?」
「自分が楽しけりゃ、それにくっついてくる結果はどうでもいいですねェ。だいたいクリスマスは神様の誕生日じゃアないし、そもそもイエス・キリストは神サマじゃアありません」
「……あれ? じゃあ、クリスマスは何の日?」
「イエスが生まれたと思い込まれている日と、キリスト教と一緒に栄えてた別の宗教の祭日がごっちゃになって、そこにこれまた別の、その時期にプレゼントを渡す習慣が合わさってしまった、いわば合同祭日です」
 すらすらと言い切って、ぷかりと一服。この澱みない言い方も、やちるは好ましいと思う。
 好ましい、とは思うけれど。好ましいだけではその内容まで理解することはできす。
「……とりあえず、楽しく騒ぐ日だね?」
 噛み砕いて至極分かりやすくなった一言に、阿近は「ご名答」と言って、花丸代わりにわっかの煙を吐いた。それを見、やちるが喜ぶ。瀞霊廷内に喫煙者は多く居れど、こんな芸当ができる者はそういないのだ。
「えー、じゃあどうして来ないの、アッコン」
 繰り返されたあだ名に、阿近はたちまち顔をしかめた。ちなみに、少し前までの彼のあだ名は「あーちゃん」だった。
「……やめてもらえませんか、そのあだ名。本気で泣きたくなるんスけど」
「やーだよー。気に入ったんだもの」
 無邪気に笑って却下すると、阿近もそれ以上は要求しなかった。ただ、自分をなだめるように、深く白煙を吸い込む。
 やちるはますます笑みを深め、こういうところは大人だなぁ、と思う。一角であれば「ふざけんな」の怒鳴り声を皮切りに、全速力の追いかけっこが始まるところだ。
 浮き立つ気持ちで、「ねぇおいでよ」とやちるはもう一度誘った。対する阿近は渋い顔のままだ。
「お誘いはありがたいんですがね。俺がそっちに顔出すと角が立つでしょう。薬品臭ェとか言われますし」
「ヤな匂いじゃないのにね?」
「ま、そりゃ人それぞれですし。構いやしませんが、わざわざあちらさんの嫌がることをしてェとも思いませんからね。ですから、ね。今回はお気持ちだけで」
「むー……」
 ぷぅ、と、やちるは頬を膨らます。
 自隊の仲間たちと、十二番隊・技術開発局との相性がよろしくないことは知っているし、彼等に仲良くするよう強制したいわけでもない。でもやちるは両者とも好きだから、こんなふうに一緒に騒げないのは寂しいな、と思うのだ。
 やちるのふくれた頬に、阿近は苦い顔を苦笑に変えた。
 そうしてトンと、愛用の灰皿に長くなった灰を落としてから。
「――明日は、夜から?」
「うん。いつも通り、隊務が終わったみんなから順次」
「じゃア、始まる前にこっちに顔出してもらえますか」
 やちるの顔が上がって、きょとんと傾げられた。
 煙草を片手にしたまま、阿近が笑う。今度は、苦みなしに。
「優しい副隊長に、赤い服着た爺さんから贈り物預かっときますよ」
 回りくどい言い方に、やちるは少しばかり考え込み。
 理解した途端に、ぱっと笑う。
「ほんとっ? じゃあ、あたしもおいしそうなお酒を一本くすねてくるね!」
「酒、飲めねェでしょう。味なんて分かるんで?」
「分かんないけど、それっぽいの持ってくるよ!」
「そりゃどうも」
 確かにやちるに酒の味は分からないが、酒を買ってくるのは一角だろうし、悪いものはないだろう。その辺はやちるも自信を持って保障できるし、阿近も安心している。ただ問題は、辛さと度数がきついことくらいだが……いやいや、よそう、と、阿近は自戒する。ただ酒が呑めるだけでも儲けものなのだ。余計なケチは付けない方がいい。
 その後、阿近が二本目の煙草に火を点けるのを見届けてから、やちるは満足して部屋を出た。
 そ、その間際、ふと気付いて扉から顔だけ覗かせて。
「そういえばアッコン、サンタクロースはどうして赤い服なの?」
「調べときますよ」
 無邪気な問いに、阿近は片手を上げて答えた。

―――了



-----  -----  -----

煙草とあだ名のやりとりが書きたくて。

やちるは精神的に大人で、阿近もその辺りを理解して付き合ってる
(カップルの意じゃなくて)といいなぁ、とか。