ある夜のふたりのはなし  

 一人寝にはもう慣れた。
 いや、そもそも日番谷は、一人で眠れないわけではない。ただ桃が…姉弟のように育った桃が、「一人じゃ寂しいでしょ?」と無理やり同じ布団の中に入ってきていただけだ。むしろ桃の方が寂しかったのではないのかと、今では思う。
 その桃が家を出、真央霊術院に入って早一年。年齢は確かに桃の方が上だが、「ちゃんと一人で眠れているのだろうか」とか「ドジばっか踏んでんじゃねぇのか?」などと心配しているあたり、自分の方が兄なのではという錯覚を、時折覚えてしまう。
 例えば。
 今日のように、久々に帰ってきた桃が「一緒に寝よう」などと言い出したときなど、特に。
「〜〜あのなぁ、雛森」
 布団の上でどかりと胡坐を組み、頭を抱える日番谷に対し、枕を両腕に抱いた桃はきょとんと首を傾げた。
 なんて警戒感のない…まさか学院でもこんなふうに無防備な態度で過ごしているんじゃないだろうなと、日番谷はこめかみを押さえずにはいられない。
「お互いいい歳して『一緒に寝よう』はねぇだろが。恥じらいってものはないのか、お前には」
「? どうしてシロちゃんに恥らわなきゃいけないの? つい去年まではずっと一緒だったのに」
「それはお前が…っ!」
「もー、いいからもっとそっち寄ってよぅ。久し振りのお休みで、私、眠くて…」
「ちょっ…おいっ、話を…っ」
「おやすみー。また明日ね、シロちゃん」
「雛森っ、待っ…」
 日番谷の静止など耳も貸さずに桃は布団に潜り込み、…十秒も経たずに寝息を立て始めた。疲れているというのは本当だったらしい。
 日番谷は喉まで出かかった百万語をどこに吐き出そうかと口をぱくぱくさせた後、がくりと肩を落とした。代わりに口から漏れるのは盛大な溜息。
 …雛森はずるい、と、日番谷は思う。いつだって、こうやって自分の言葉をいいように解釈して、あるいは聞きもせず押し切ってしまうのだから。
「……たく…今夜限りだぞ」
 桃が熟睡しているのを承知で釘を刺し、日番谷はもぞもぞと桃の隣に潜り込んだ。布団を被ってから思い出し、腕を伸ばして灯を消す。途端、夜の帳が待ちかねたように二人を柔らかく包み込んだ。
 仏頂面のまま、日番谷は横になり直す。
 ふと隣に目をやれば、警戒のけの字も知らないと言いたげな桃の寝顔。陰を落とす睫毛。赤味の差す頬。半開きの唇。そこから覗く歯。温かな寝息。
 無防備な姿はきっと、自分を信用している、もしくは警戒するべき対象にすら思っていないからで。…果たして喜ぶべきか、嘆くべきなのか。
 日番谷は少しばかり腹が立ち――桃の上に、そっと覆いかぶさった。額が触れるほどに近付いても、桃はぴくりともしない。
「…誰彼構わず気ィ許してると、こういうことになるぞ」
 囁いても、返ってくるのは寝息だけ。
 バカらしくなって、日番谷はあっさり桃から離れた。ついでに掛け布団を多目に、自分側に引き寄せる。このくらいの意地悪なら許されるだろう。
 もちろん、数分も経たないうちに、桃に取り返されてしまったけれど。

―――了



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初のBLEACH二次創作。
白哉檜恋さまのお誘いで。
これを書かなかったら『ツキウサギ』は立ち上げなかったことでしょう。

無邪気さって、ある意味残酷…
雛森ちゃんのそういうところが好きですが。
頑張れ少年(笑)