『思わず立ち止まりたくなる5題』
お題提供:『おつまみ提供所。』さま

  石段  

 本が歩いている。
 誇張抜きでそう見えるのだ、雛森が数冊まとめて本を運ぶと。
 行く先々で心優しい死神たちが「手伝おうか」と申し出てくれるものの、生来の強情さでついつい断ってしまう。
 傍目から見るとひどく危なっかしく、いつ資料もろとも雛森が転倒するか分からない。手を出さずにはいられないが、手を出せない理由がある。…彼だ。
「あーあー、また無理しよんなぁ」
 言い、ひょいひょいひょいっと雛森から半分以上の荷物を奪った手があった。市丸だ。
「ふわぁ!?」
「こんなん、その辺の隊員に運ばしゃええやん」
 ちらり、視線を向けられて、「その辺の隊員」たちはそそくさとその場を後にする。手伝えば後で厭味を言われるし、手伝わなくても厭味を言われるしで、彼等にしてみれば「声をかけて、でも断られた」というのが一番角が立たない道なのだ。理不尽だとは思うが、それを口にする勇気などない。
 そんな裏事情などつゆとも知らず、雛森は手元に残った二冊を手に、市丸を見上げる。
「だ、大丈夫ですよ! いつものことですし」
「ほな、たまには手伝うてもろてもええやん?」
「〜〜〜…」
 雛森は何か言い返そうと金魚のように唇をぱくぱくと動かし、…結局、「じゃあ、お願いします…」とだけ答えた。
 市丸と一緒にいれるのは素直に嬉しい。が、居心地が悪いのも事実で。慣れるのにはまだ時間がかかりそうだった。
 雛森は小さくなって、市丸は機嫌よく五番隊隊舎へ向かい、そしてたまたま彼女を見かけた。
 技術開発局へ続く道を歩く後ろ姿。ネムのものだ。それも雛森に負けず劣らず大量の資料を持った。
「ネムさん?」
 雛森が立ち止まるのだから、市丸も立ち止まらないわけにはいかない。ネムは声が届かなかったのか、そのまま立ち去った。
「どないしたん、今日は。みぃんなぎょうさんこと荷物持って」
「さぁ…でも、あんなにたくさん…技術開発局、遠いのに。大丈夫かな、ネムさん」
「……」
 雛森の考えていることになんとなく予想がつき、市丸はあきれたように、けれど彼女には気付かれないように、そっと息を吐いた。
 この荷物を運んだ後、一緒にお茶でも、と思っていたのだけれど。
「……十二番隊副隊長さん手伝うんなら、コレ運んでからやで」
 市丸の言葉に、雛森がぱっと振り返る。大きな目は声に出さずとも「なんで分かったの?」と言っている。
 市丸は笑い、雛森の頭をひとつ叩いて先に進んだ。


 「開発局行くんやったらこっちのが近いで」と市丸が案内してくれたのは、道ではなく木の上だった。現在地と目的地を直線で結ぶのだからそれは確かに近道だろうとは思うものの、やはり雛森は一言言わずにはおれない。
「隊長…廷内には道や回廊という、とても便利なものがあるんですよ…?」
「でも近いんやもん。ほら、追いついた」
 言われて見てみれば、確かに見覚えのある後姿が見える。揺れる長い三つ編みと丈の短い死魄装は、見間違えるはずもなくネムのものだ。
 ネムは石段を登っているところだった。その石段は局へ続いてはいるが、遠回りになるし勾配が急で、大荷物を持っての移動は危険だ。
 慌てて雛森が追いつこうと石段を駆け上がろうとすると、…案の定。
「きゃわぅっ!」
 見事に転倒しかけた。…雛森が。
 しかけただけで転ばなかったのは、雛森の行動パターンなどお見通しの市丸がいたおかげだ。
 が、雛森の上げた悲鳴に振り返ったネムまでバランスを崩し。
「「「あ」」」
 ネムの身体が、落ちてきた。
 雛森はバランスを崩したまま、市丸は雛森を支えたまま。
「――…っ!」
 雛森が目を閉じた。
 どさどさと荷物が落ちる音がして、ざざっと足を踏ん張るような音がして、けれどネムは落ちてこない。
 そろ、と、雛森は目を開けた。
「あ……」
「――…っぶねぇー…」
 ネムの細い腕と腰を掴んでいる男の姿があった。一角だ。
「斑目さん!」
「あれ、市丸隊長に雛森副隊長。何してんですか、こんなとこで」
「あっ、あのっ、ネムさんがたくさん荷物運んでたからお手伝いしようと思ってっ! でもあたしが変な声あげちゃったからネムさん驚かせちゃってネムさん転がり落ちてでもネムさん…あ、あれ? えーと」
 咄嗟のことに混乱しているのか、文脈がおかしい。慌てる雛森に、一角は手を振った。
「いや、なんとなく分かったからいいっすよ」
「斑目さんはどうしてここに?」
「え? い、いや俺は、」
 なぜかどもり、一角が視線をやった先はネム。そこでようやく自分がまだネムを掴んだままだと気付き、慌てて一歩離れた。
「わっ、悪ぃ! じゃなくてすみませんっ!」
「いえ…」
 雛森が小首を傾げ、その後ろで市丸が「はぁん」と頷く。
 局への遠回り。人気のない道。偶然居合わせた一角。たくさんの荷物を持ったのは、はなから彼に手伝ってもらうためだったのか、それとも早く彼に会いたい一心で何も考えていなかったのか。
「驚かせてごめんね、ネムさん。あたし、運ぶの手伝うよ」
「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「でも…」
「雛森ちゃん雛森ちゃん、十二番隊副隊長さんがああ言いよるんやからええやん。それより、ボク急用思い出してん、付き合ってくれへん?」
「え? でもお手伝い…」
「斑目くんがおんねんから大丈夫やて。ほなねー」
 片手で雛森を押し、片手で段上の二人に手を振り、市丸はその場を去った。ネムと一角は言葉もなく見送るしかすべがない。
 雛森と市丸の姿が完全に見えなくなってから、一角はようやく動き出した。
「…持ちます。ソレも寄越して下さい」
「いえ、…マユリさまの命ですから」
「知ってる。だから、すぐそこまで」
 散らかった荷物を拾う間、一角は一度もネムを見なかったけれど。
「……ありがとうございます」
 柔らかな雪のような笑みを、ネムは浮かべた。振り返れば溶けるようにその笑みが消えてしまう気がして、一角は気配だけでネムの表情を知り、自分も少しだけ笑んだ。


「市丸隊長…用ってもしかして、お茶を飲むことですか?」
 三番隊隊首室で、吉良が入れてくれたお茶を両手に包んで雛森が問えば、「せやよ」と当然のように答えが返ってきた。
 嘘ではない。そもそも市丸はお茶に誘うつもりで雛森を探したのだし、それが荷物を運んでその後に、ネムを手伝ってその後にと、予定がずれてしまっただけだ。
 ただ吉良に見付かってしまったのは誤算だった。隊務を放って姿を消した上官を探していた彼は、市丸の「雛森ちゃんとお茶飲もう思てん」という弁明に「なら三番隊で飲めばいいでしょう」と返したのだ。
 おかげで雛森は必要以上に緊張せずに済んでいるわけだが、市丸が望んだ状況は、決してこういうものではなく。
「雛森くん、おかわりは?」
「ううん、ありがとう。このお茶菓子おいしいね、どこで買ったの?」
「ああ、それは…」
 仲良く会話を交わす二人に、市丸はそっと息を吐く。
「…ボクも二人きりで会える場所、探そかなァ…」
 例えば、一角とネムがわずかな一時を過ごす、木漏れ日に抱かれた石段のような。
 そうやって二人で会える時間を増やせば、彼女も少しずつ打ち解けてくれるのではないだろうか。
 市丸の心中など知らず、雛森はこくり、お茶を飲んだ。

―――了



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言葉がなくても通じる二人であって欲しいのです(角・ネム)
それにしても瀞霊廷って緑少なそうだなぁ。

半分以上市雛じゃん、と思いつつ、
敢えて角ネムと称してみたり;